で、何ヶ月か前、中森明夫のコラムでこんな意味の文章を見つけたんですよ。
「チャイドルブームの真の仕掛け人は新潮社の宮本和英氏である」。
そーだったのかー
アイドル史的に言うと、チャイドルブームが、U-15ブームに先行して少女タレントマーケット(?)を形成する土壌を作ったのは間違いないわけで、そう考えるとよーするに、芸能においてロリ嗜好をアリにしたのはまさに新潮社だったんですね。だから、いかに「粗悪品」であろうと、そのマーケットの中からある意味必然的に生み出されることになった「過激U-15グラビア」にも、何も言えなかったわけなんです。まあ、「単にキャンペーンを張らなかった」ってだけのことかもしれませんが(笑)
と書いていて思い出してきたんですが、実は僕もチャイドルブームの頃は「小学生相手によくやるよ」と思う神経はあったんですよねー。どーもあれで免疫が付いたようなんだなー
あ、今売りのサイゾーに藤代冥砂×宮本和英の対談が載っていたのでこんなエントリー立ててみたんです。内容は、あの「アイドル写真集ですがヲタ趣味とは一線を画してます」な新潮社の「月刊」シリーズ(これも宮本氏が仕掛け人)についてですが。
サイゾー 2008年 07月号
#大見出しの「アイドル稼業驚愕の舞台裏」の内容自体はあんまり面白いネタがなかったなー
それにしても、「チャイドル」って、只中にいたわけじゃないから分からないんですが、ブームとしての「実体」はあったんですかね。コアなファンは付いてたんでしょうか。そりゃあ篠山紀信が写真撮りまくってメディアにバンバン出して、仕掛け人がブームと言えばブームっぽくもなるでしょうが、なんか「関係者」が内輪で
ところで「U-15」というと今はエロ系過激グラビアと結び付けられてしまう言葉だけど、もとはピュアピュアが広めた文字通り、15歳以下の(とくに清純系な雰囲気を持った)タレントのことを言うんですね。そしていま芸能界でもてはやされている、20代前半以下のいわゆる「若手女優」の多くは、実はU-15ブーム出身のタレントなんです。中森明夫はよく(チャイドルブーム出身の)栗山千明を発掘した、などと自慢するけれども、宮崎あおい,長澤まさみ等若手女優の中心メンバーは、ピュアピュア発のU-15ブームの出身なんです。
また中森明夫はこんな意味のことも書いてました。
「ニコラを創刊して少女ファッションのありようを変えたのも宮本和英氏」
で、新垣結衣もニコラがなければ存在しなかったと言うのだけれど、これもチャイドルの流れではなく、Jr.ファッション誌として後発の、(より大衆的な)ピチレモンが拡大させたJr.ファッションブーム出身と見るべきでしょう。実際宮崎あおい,長澤まさみはピチレモンのモデルだったし、あの頃はU-15ブームとJr.ファッションブームが、車の両輪のような状態で盛り上がっていたものです。
で、彼女らU-15アイドルは(ニコラのモデルだった新垣結衣は違いますが)、「チャイドル」と対照的に、「アート」という言い訳を取っ払い(笑)、一般人相手の「草の根」の仕事をしつつ(宮崎あおいや長澤まさみですら、しばしばアキバや神保町でイベントをしていたものです)ブームを拡大させていったわけで、やはりそのコアな部分があってこそ、今に至る芸能界の流れを作る力を持ち得たんだと思うわけです。まあ、ここはそれほど単純にキレイな話でもないし、また今は結局、ミドルクラス以上のU-15アイドルは皆、業界の人間のものになってしまいましたけど(^^;
ところで件の宮本和英氏のこんなエッセイがあります:
http://www.aruze.com/company/column/aruzekun/2005/142.html
当時はそんな雑誌がなかったし、当方も未経験ゆえ、それこそ見よう見まねで必死だったが、オジンが中学生ぐらいの女の子相手に「カワイイ!」などと真剣にやるのだから、いま思えば、けっこうコワイ(よく誤解されるのですが、私にロリコン癖はありません)。
チャイドルブームを仕掛けて、少女ファッション誌を創刊してロリコン癖なしですか。うっそ〜ん(笑) いや、たしかに、あったら逆にあそこまで臆面のないことはできないかも(うん) でもそれならどういう経緯で、少女アイドルや少女ファッションを手がけるようになったのか、非常に知りたいところですねえ。
泊まりがけのロケで夕食後トランプをしたり、ワイワイ雑談に興じたり、そんな体験もとても新鮮だった。
まぎれもなく私の編集者生活の中で、一番楽しかった。
そりゃああそうでしょうよ!!(笑)


![ニコ ☆ プチ 2008年 07月号 [雑誌]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/612iVKz0vhL._SL160_.jpg)




























